神奈川の図書館職員

馬渡藤雄

神奈川県の図書館職員雇用運動は、1976年神奈川視力障害者の生活と権利を守る会が取り組んだ、川上正信さんの横浜市市立図書館への採用を求める運動が最初であった。同会の横浜班は、かねて横浜市に対し、市立図書館が所蔵する膨大な資料を視覚障害者が利用できるよう点字化、テープ化および対面朗読などを要求していた。そして、その視覚障害サービスは、視覚障害者自身が担当することが望ましいと彼の採用を求めた。

当局は当初、視覚障害者には「点字図書館があるではないか。」として拒否していた。同会は、市人事課や教育委員会との交渉を重ねるとともに、横浜市従業員組合教育委員会支部の協力も得た。

更に、雇用を進める会結成以後は、五十嵐会長や社会党市議団の応援も得て総務局長交渉を持ち、ついに、飛鳥田市長の裁断によって、彼のために採用試験が行われ、1978年10月、市立戸塚図書館に採用された。

川上さんの存在は、サービスの質を飛躍的に向上させたので公共図書館への視覚障害者雇用の重要性を広く認識される結果となった。 やがて、1994年中央図書館が開館し、視覚障害サービスが戸塚から中央へ移転するのに伴い、更にもう1名の視覚障害者が採用された。

ちなみに、現在全国の公共図書館の視覚障害職員は、15自治体に18名である。神奈川県には点字図書館(正確には視聴覚障害者情報提供施設)が4館ある。

神奈川県ライトセンターは、1974年、点字校正員として1名の視覚障害者を採用し、以後1981年と1983年にそれぞれ1名ずつ全盲の視覚障害者を採用した。うち1名が退職したのち、本会は、後任の補充を求めたが一向に行われなかった。その後、更に1名が退職し1988年に1名が採用され、そして、1994年ライトセンターが新築され、体育施設が併設されたのに伴い係員として視覚障害者1名が採用された。現在、ライトセンターには週1回の非常勤点字校正員と合わせて4名が勤務している。

川崎市盲人図書館は、1974年、開館時全盲の視覚障害者1名を採用し、他の職場から配転の弱視者と合わせて2名が勤務していた。その後、ともに他の職場に配転され、1990年と1997年にそれぞれ全盲者1名ずつが採用された。

その他、横須賀市点字図書館と藤沢市点字図書館に、それぞれ1名の視覚障害者が勤務している。 結局、神奈川県の視覚障害図書館職員は、横浜市中央図書館2名、県ライトセンター4名、川崎市盲人図書館2名、横須賀市、藤沢市の点字図書館にそれぞれ1名、合計10名である。

ちなみに、全国約70館の点字図書館の視覚障害職員は約90名といわれている。