点訳指導員の採用をめぐって

神崎好喜

1994年2月、神奈川県福祉部障害福祉課長から電話があった。「視覚障害県職員に配付する文書を点訳するため、点訳指導員を障害福祉課に非常勤職として置きたい。その仕事は、各課が作成した文書を、その課の職員が、パソコンで点訳する際の点字やパソコンの指導だ。それらの知識と技術のある人を推薦して欲しい。勤務は週30時間程度で給料はあまりよくないし、本来、障害福祉課に置くべきではないかもしれないが、文書課への配置や初めからの常勤化は難しい。その点を理解の上協力して欲しい。」というのだ。

即座に決断したことは、非常勤とはいえ県職員である以上、人事権は県にあり、紹介はするが推薦はしないということと、できれば複数者を紹介し、誰を採用するかは県に任せたいということである。その他については、検討させてもらうことにした。

雇用を進める会常任幹事会では、やはり勤務条件の悪さが問題になった。しかし、過去の例から3年後には常勤化されるだろう、視覚障害県職員にはいい話だ。ということで、この要請に協力することとした。そして、①仕事内容からパソコンや当時実用化された視覚障害者用OCRに明るい人、②できれば神奈川県在住の人、③いない場合は近隣都県在住の人、を条件に希望を募った。しかし、この条件を満たす人は、そう簡単にはいなかった。そしてようやく、県内在住の2名の希望が出た。1名は、男性でパソコンには明るいが、理療科在学中のため資格取得をあきらめなければならない。もう1名は、女性で録音タイプの訓練も受けているが、OCR操作は難しい。そこで苦しい選択の結果、内部的にはまず男性を押すこととし、障害福祉課へは並列で紹介した。

結果的には、Sさん(男性)だけが面接を受け、5月に採用された。この採用には、次のような評価すべき背景がある。その第1は、視覚障害者にも使え、視覚障害者を利するパソコンのハードとソフトができたこと。その第2は、視覚障害者の情報アクセス権が確立されてきたこと。その第3は、本会の永年に渡る要求が結実する時期を迎えたこと。その第4は、本会の運動で40人を越す視覚障害県職員が誕生し、文書点訳の必要性が高まったこと、つまり「視覚障害者雇用が、新たな視覚障害者雇用を産んだ。」ということである。

しかし、未解決の問題もある。その第1は、未だに常勤化されないということだ。本会の経験では、非常勤者は、いくら長くても3年で常勤化されてきた。県は、業務量が少ないことを理由に上げているが、当初のつまづき(文書課配置ができなかったことと、非常勤だったこと。)がネックとなり、障害福祉課と人事課とのキャッチボールで、遊ばれているようにさえ思える。

その第2は、パイプがどこで詰まっているのかわからないが、視覚障害県職員の思うような点訳が、未だに実現されていないということだ。点訳指導員の業務拡大・配置替えを含む有効活用、文書点訳の制度的確立と全庁的周知徹底、そうした抜本的な整備が必要だと思う。

これらの問題を打開すべく、本会は1996年の「いのくら」(県民のいのちとくらしを守る共同行動委員会)の副知事交渉に、この課題を乗せた。それにより、関係各課との話し合いのレールを敷くことはできた。今後必要なことは、本会と県と視覚障害県職員が、同じテーブルに着き、抜本的検討に入ることである。それ抜きでは、常勤化も潤沢な点訳も実現しないのである。