神奈川県のあはき職

馬渡藤雄

視覚障害者の雇用運動といえば、ときに「あれはエリート盲人の就職運動ではないか」との批判を聞くことがある。 しかし、我が雇用を進める会の運動にはこの批判は当たらないのである。そもそも、本会結成の動機は、横浜市立盲学校専攻科理療科学生たちの「我々にはなぜ病院マッサージや、開業しか道がないのか」という疑問から始まったからである。本会があはき(あん摩・マッサージ・指圧・はり・きゅう)の職域開拓に力を注いだのはけだし当然の成り行きであった。

1978年の年初卒業期を控えた学生たちの要望を一身に担った五十嵐会長らは、県労働部と折衝を重ねた結果、3月も終りに近い頃いくつかの成果をあげることが出来たのである。すなわち、1978年4月県の外郭団体である神奈川県社会福祉事業団が経営する県立老人保養所にマッサージ師2名を採用させた。県内には老人保養所は4ヵ所あり、その内逗子海風荘と三崎万寿荘にそれぞれ1名ずつ採用されたが、仕事は保養所に宿泊する60歳以上の老人に低廉な料金(2,500円)でマッサージを施すのである。しかし、残念ながら万寿荘のマッサージ師は1997年病気のため死亡したので、本会では後任補充を県に要望している。

本会は結成以来、終始あはき職の職域開拓を県に要望し、交渉を積み重ねてきた。以下あはき師(あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師)の主な職域と雇用状況を列記する。

県立老人保養所 マッサージ師 1名 逗子海風荘 1(1978年)
神奈川県総合リハビリテーション事業団 はり・きゅう師 3名 七沢リハビリテーション病院 脳血管センター はり・きゅう師 1(1979年) はり・きゅう師ヘルスキーパー兼務 1(1986年) 神奈川リハビリテーション病院 東洋医学科 はり・きゅう師ヘルスキーパー兼務 1(1984年)
県立病院マッサージ師 2名 足柄上病院 1(1982年) 厚木病院 1(1982年)
県職員を対象とするヘルスキーパー 3名 健康管理センター 1(1981年)(県立福祉施設巡回) 中途視覚障害者復職 1(1991年)(県立ひばりが丘学園常駐) 県立三ツ境養護学校 1(1985年非常勤、1988年常勤)(県立障害児学校巡回)
重度肢体障害者療護施設 1名 県立さがみ緑風園 1(1982年)
県立障害児学校 1名 県立平塚養護学校 機能回復訓練担当 1(1982年)
県特別養護老人ホーム 1名 相模原養護老人ホーム マッサージ師派遣事業 1(1990年)
横浜市特別養護老人ホーム 非常勤 2名 磯子ホーム 1(1983年)、岩井ホーム 1(1988年)
横浜市養護老人ホーム 非常勤 2名 名瀬ホーム 1(1997年)、恵風ホーム 1(1997年)