View-Net神奈川理事 新城 直

Ⅰ.障害学における社会モデルとは

1.障害学とは
 障害学は、例えば次のように定義されています。
「障害、障害者を社会、文化の視点から考え直し、従来の『障害者すなわち医療、リハビリテーション、社会福祉、特殊教育の対象』といった『枠』から障害、障害者を解放する試み」です。
わかりやすく言えば、従来は「障害者」を施す対象」として、健常者(専門家)の目から見た障害者研究がなされていたのに対し、今度は障害者自身の「障害をもって生きる経験や視点」を足がかりに、従来の障害研究を批判し、再構築しようというものです。

2.個人モデルとは
 障害者が困難に直面するのは「その人に障害があるから」です。克服するのはその人(と家族)の責任だとする考え方です。

3.社会モデルとは
「社会こそが『障害(障壁)』をつくっており、それを取り除くのは社会の責務だ」と主張するものです。
人間社会には身体や脳機能に損傷をもつ多様な人々がいるにもかかわらず、社会は少数者の存在やニーズを無視して成立しています。学校や職場、街のつくり、慣習や制度、文化、情報など、どれをとっても健常者を基準にしたものであり(これをユニバーサルデザインでは、端的に「ミスターアベレージと称しています)、そうした社会のあり方こそが障害者に不利を強いている――と考えるのが「社会モデル」です。
「障害があるから不便」なのではなく、「障害とともに生きることを拒否する社会であるから不便」なのだ、と発想の転換を促しているのです。

4.なぜ社会モデルの考え方が必要なのか
 社会モデルはものの捉え方を変えます。
例として「ろう者が講座に出たいが手話通訳がない」という状況を考えてみます。「耳が聞こえないから参加できない」と考えるのが個人モデルであり、その場合、手話通訳の用意は「例外的、恩恵的な特別措置」となります。
しかしながら、社会モデルではそもそも主催者が多様な参加者を想定していないことが問題なのだから、手話通訳は「本来、用意すべきこと」であり、ろう者が主催者にそれを求めるのは当然の権利だと働きかけます。
主張しづらいのが現実ですが、「たった一人のために予算を使えない」といった多数派の論理に抵抗し、権利を求める根拠となるのが社会モデルなのです。

5.社会モデルは別名「人権モデル」ともいいます
 社会モデルは「人権モデル」と言いかえられるほど、人権と親和性が高い考え方です。当事者運動の過程で血肉化された社会モデルの考え方は、個々の障害者が直面する問題を、徹底して社会の文脈で捉える思想であり、運動における武器でもあります。駅の改良にせよ、教育や就労をめぐる闘いにせよ、個人の努力や周囲の支援に頼るのではなく、社会の側の責任として解決すべきだと運動は主張してきましたし、その認識を社会一般に広めようともしてきました。
「社会モデル」という言葉を使わなくとも、日本で行われてきた障害当事者運動は社会モデルの視点を含んできたのです。
 障害者問題を人権の視点から捉えるならば、社会モデルは不可欠の視点なのであり、障害者自身がこの視点で行動することが求められているのです。

Ⅱ.「障害者役割」という鏡

 社会モデルが問う「社会のあり方」には、価値観や関係性のあり方も含まれています。ここでは特に「障害者役割」という概念を紹介します。なぜならこれは、日本社会における障害者観や、障害者―健常者関係を考える上で有用な道具だと思うからです。

1.障害者役割とは
 全盲の社会学者である石川准は、パーソンズの「病者役割」(=病気にかかった者は治療に専念する義務を負うとともに、通常の社会的責任を免除される)にならって、「障害者役割」という概念を提示しています。
障害者は「つつましく貧しく」、「障害を克服するために精一杯努力する」ことを周囲から期待されています。端的に言えば「愛やヒューマニズムを喚起し触発するようにふるまうこと」、すなわち「愛らしくあること」を期待されていると石川は言い、そのように暗黙のうちに障害者に期待される役割のことを「障害者役割」と呼んでいます。
むろん、障害者に面と向かって「愛らしくあれ」と言う人はいない。だが私たちは多かれ少なかれ「あるべき障害者らしさ」のようなものを内面化していることに気づかされます。障害者が「けなげ、ひたむき、前向き」な姿を示していれば――いわば世間の人々の期待に沿っていれば――平穏無事ですが、そうでないと不協和音が生じます。

2.日常の中の「障害者役割」
 例えば車椅子使用の障害者がエレベーターのない駅で駅員から介助を受けた後に感謝の言葉を述べなかった時、酔って最終電車に乗っていた時、あるいは高価な買い物をした時などに、周囲から冷ややかな視線を浴びる――というのは、非常によくあることです。
 こうした場面に遭遇した時、障害者に非難の目を向けないまでも、微妙な「違和感」を覚えるような心性は、実は大半の人にあるのではないかと思います。これは、この社会の隅々で――メディア、書籍、教育においても――「あるべき障害者像」が繰り返し示され、私たちに刷り込まれています。テレビに映る障害者は常に明るくさわやかで、慎ましく、感謝を忘れず、上記のような「違和感」を決して感じさせません。

3.障害者役割のはたらき
「障害者役割」は健常者に都合よく機能します。なぜならこのような「あるべき像」を障害者に投影している限りは、内心ひそかに持つ障害者嫌悪の感情や、それに伴う罪悪感(後ろめたさ)を忘れることができるからです。その像にあてはまらない障害者の姿が偶然目に入った時は、一瞬嫌悪や同情を感じますが、すぐに忘れてしまいます。
障害者の側からすると、「障害者役割」に適合的なふるまいをすれば受け入れられ、そうでない時は――あるいはそもそも健常者の期待に沿いようがない人は――非難あるいは無視されます。また、健常者のまなざしを予期して、自由な言動をあきらめてしまう障害者もいます。
 つまり「障害者役割」とは、健常者が障害者に「こうあってほしい」と望み、それが投影されたものであるから、まさに非対称な社会関係を映し出す鏡といえます。

Ⅲ.合理的配慮の具体策を提案しよう

1.障害者権利条約について
 社会モデルの考え方が基本となり、障害者権利条約がつくられました。これは私達障害者にとって大きな武器になります。
「われわれのことを我々抜きで勝手に決めるな」(英語: Nothing about us without us?!)と言うスローガンを掲げた事が画期的であり、障害者の視点から作られた条約であることも特徴とされています。
障害者権利条約は、あらゆる障害(身体障害、知的障害及び精神障害等)のある人の尊厳と権利を保障するための人権条約です。日本では障害者の権利に関する条約と政府によって仮訳されています。
この条約は21世紀では初の国際人権法に基づく人権条約であり、2006年12月13日に第61回国連総会において採択されました。日本政府の署名は、2007年9月28日に行っています。現在、障害者権利条約を批准している国は183か国です。日本は2014年に条約を批准しました。なお欧州連合は2010年12月23日に組織として集団的に批准しています。

2.障害者権利条約第2条に定義されている合理的配慮の意味するところ
 障害者の権利条約における差別とは、障害を理由とした万人に対する、政治権、経済権、社会権、文化権、市民権の全分野にわたる人権と基本的自由のあらゆる区別、排除、制限をいいます。さらに障害のある人に対する合理的配慮の欠如をも意味しています。
「合理的配慮」とは障害のある人が他の人同様の人権と基本的自由を享受できるように、物事の本質を変えてしまったり、多大な負担を強いたりしない限りにおいて、配慮や調整を行うことです。
 これは、大きく分けて次の3つの要素からなります。
第1に、合理的配慮とは、障害者による「すべての人権及び基本的自由」の平等な享有と行使を確保するために行われる「必要かつ適当な変更及び調整」です。
第2に、障害者の個別具体的なニーズに事案毎に配慮するために「特定の場合に必要とされるものです」
第3に、変更及び調整を行う側に対して「不釣合いな又は過重な負担」(日本政府仮訳「均衡を失した又は過度の負担」)を課すものではない。かかる特徴を有する合理的配慮の定義は、雇用や教育等のさまざまな部門で通用しなければならず、また法的伝統の多様性も尊重しなければならないため、「一般性」と「柔軟性」の両方を備えています。それと同時に看過してはならないのは、本条約に定める合理的配慮の定義には、上述した「特定の場合に必要とされる」という文言です。これは、合理的配慮が個々人で異なる「個別化された概念」であることを意味するがゆえに、集団的な性格を帯びるポジティブ・アクションと合理的配慮とは概念上区別されます。

3.ポジティブ・アクションとは
 社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置のことをいいます。
具体的には、女性や障害者など、社会的に不利な立場にある人に対して、採用や昇進などで優先的に採用する、研修や教育の機会を提供する、などが挙げられます。
ポジティブ・アクションは、差別を助長するものではなく、差別を解消し、実質的な機会均等を実現するためのものです。
 日本では、1986年に男女雇用機会均等法が施行された際に、ポジティブ・アクションが導入されました。その後、2006年に障害者雇用促進法が改正され、障害者に対するポジティブ・アクションが義務化されました。
ポジティブ・アクションは、まだ発展途上にあり、課題も多く残されています。しかし、ポジティブ・アクションが積極的に行われることで、社会のあらゆる分野で、誰もが活躍できる機会が広がっていくことが期待されます。

4.わが国における差別禁止法としての障害者差別解消法
 障害者権利条約を基礎として障害者に対する「差別的取り扱いの禁止」や「合理的配慮」を行政機関や民間事業者に求める障害者差別解消法案が2013年6月19日に成立しました。
法案は(1)障害を理由とした差別的取り扱いの禁止(2)障害者が壁を感じずに生活できるように合理的な配慮をすること――の義務づけが柱です。国○自治体は2点とも法的義務です。民間事業者は(1)を法的義務とし、(2)は努力義務にとどめる。合理的配慮の義務が生じるのは、障害者らから求めがあり、負担が重すぎない場合に限る。
 対象は教育、公共交通、医療など幅広い分野にわたる。2016年4月の施行までに政府が分野別に指針を定め、どんな行為が差別に当たるかなどを示す。
 全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合う共生社会の実現のためには、合理的配慮の提供をはじめ、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号。以下「障害者差別解消法」という。)で求められる取組やその考え方が、幅広く社会に浸透することが重要です。
 また、令和3年には障害者差別解消法が改正され、令和6年4月1日から事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されます。

Ⅳ.合理的配慮の事例集

○役所に申請手続に来たが、慣れない場所なので、どこで受付すればよいのか分からない。
→驚かせることのないように、正面から「私は○○ですが、何かお手伝いしましょうか?」と声をかけて受付窓口まで案内した。

○研修会に参加したいが、会場での移動や研修会資料が読めるか不安である。
→移動しやすいよう出入口に近い席を受付窓口から介添えして席まで案内したり、研修資料をPDFやテキストデータにデジタル化して事前に送付した。

○書類等にマーカーで線を引いて説明をされても、色が同じに見えてしまうので分からない。
→該当箇所に数字や下線、波線等の印をつけて説明をした。

○図書館で借りた本を点字化して読みたいので、作業のために貸出期間を延長してほしい。
→その本の貸出頻度を考慮しつつ、通常よりも延長した期間の貸出しを行った。

○博物館施設の見学イベントがあるので参加したい。直接触れることのできる展示物があるとありがたい。
→展示物に触れることは禁止されているが、差し支えないと思われるものについては触れてもよいこととした。

○警察官が巡回連絡に来ると、本当に警察官なのか確認できなくて不安になる。
→初回は点字を付したCR名刺(※Community Relations 名刺:巡回連絡などで配布している)を渡し、その後は同じ警察官が訪問するようにした。

○まず整理券を取り、受付の順番になると整理番号がモニターに表示される仕組みであったが、表示されても気付くことができない。
→受付の担当者が整理番号を把握しておき、順番になったときには声かけを行った。

○列に並んで順番待ちをする場合には、並ぶべき列の終端や徐々に進んでいくタイミングが分からない。
→店員が順番について把握しておき、順番となるまで列とは別のところで待機できるようにした。

○盲導犬を連れたお客が来店したところ、他のお客から犬アレルギーだという申出があった。
→双方に御了解いただいた上で、お互いが離れた位置になるよう配席を変更した。

○盲導犬と温泉施設へ来たが、入浴している間に盲導犬を待機させる場所はあるだろうか。
→浴室や脱衣所に盲導犬の待機場所はないので、入浴している間は事務室で預かることとした。

○買いたい商品があるのだが、陳列棚のどこに置いてあるのか、また価格がいくらなのかが分からない。
→商品が置いてあるところまで案内し、価格や機能などの表示情報を読み上げてお伝えした。

○弱視のため商品をタブレットで撮影○拡大して確認したいのだが、店内での撮影が禁止されている。
→情報保障のため、撮影は認めることとした。

○自分の好みに合う衣料品を購入したい。
→衣料品の形状や色について口頭で説明し、布地に触れて肌触りを確かめていただいた。

○銀行のATMや食堂の券売機などを使用したいときに、タッチパネル式になっていると操作できない。
→(ATMについては暗証番号を聞くことについて御了解いただいた上で)店員がATMや券売機などのタッチパネル操作を代行した。

○トイレの場所を聞いたときに入口まで案内してくれたのだが、複数の便器があるトイレだったので中で困ってしまった。
→同性の店員がいる場合には、トイレの中まで案内するようにした。

○定食など複数の食器に分かれて盛り付けられている料理では、どこに何があるのか分かりにくい。
→店員が配膳するときに、食器の位置や料理内容について説明する配慮を行った。

○食堂における食事の受け取りなど、一人で食堂を利用することが難しい。
→食堂スタッフが誘導や食事の受け取りサポートを行った。

○処方された2種類の点眼薬が同形状の容器であり、区別ができない。
→調剤する際に一方の点眼薬にテープを貼り、感触だけで判別がつくようにした。

○乗車券をクレジットカードで購入しようとすると署名を求められるが、視覚障害があり文字を書くことができない。
→本人に承諾の上、署名の代筆についてクレジットカードの関係機関に確認するとともに、複数の職員で対応した。

○避難所のレイアウトに慣れておらず、一人ではトイレに行くことが難しい。
→避難所のスタッフがいない間もトイレに行けるように、トイレまでの動線が分かりやすい場所を割当スペースとした。

○視覚障害者が使用するタンデム自転車(複数のサドルとペダルがあり複数人で乗車可能な自転車)が公道で使用できるよう規則改正を行った例。
→交通規則でタンデム自転車での公道走行が禁止されていたが、可能となるように交通規則を改めた。

○申込手続を行うときに、視覚障害があるため自筆では書類に記入することができないので、店員に代筆してほしい。
(不当な差別的取扱い)
→正当な理由なく障害者の申込みを拒む。
(合理的配慮の提供)
→本人の意向を確認しながら店員が代筆する。
(環境の整備)
→申込手続における適切な代筆の仕方について店員研修を行う。

○障害があることを理由として、具体的場面や状況に応じた検討を行うことなく、障害者に対し一律に保護者や支援者・介助者の同伴をサービスの利用条件とすること。
(不当な差別的取扱い)
→正当な理由なく障害者の申込みを拒む。
(合理的配慮の提供)
→本人の意向を確認しながら店員が代筆する。
(環境の整備)
→申込手続における適切な代筆の仕方について店員研修を行う。

*合理的配慮の提供義務違反に該当すると考えられる例

○試験を受ける際に筆記が困難なためデジタル機器の使用を求める申出があった場合に、デジタル機器の持込みを認めた前例がないことを理由に、必要な調整を行うことなく一律に対応を断ること。

○イベント会場内の移動に際して支援を求める申出があった場合に、「何かあったら困る」という抽象的な理由で具体的な支援の可能性を検討せず、支援を断ること。

○自由席での開催を予定しているセミナーにおいて、弱視の障害者からスクリーンや板書等がよく見える席でのセミナー受講を希望する申出があった場合に、事前の座席確保などの対応を検討せずに「特別扱いはできない」という理由で対応を断ること。
「先例がありません」
→障害者差別解消法が施行されており、先例がないことは断る理由になりません。
「特別扱いできません」
→特別扱いではなく、障害のある人もない人も同じようにできる状況を整えることが目的です。
「もし何かあったら」
→漠然としたリスクでは断る理由になりません。どのようなリスクが生じ、そのリスク低減のためにどのような対応ができるのか、具体的に検討する必要があります。