見えないと、どうして障害(不便・困ること)などが生じるのか

掲載日:2011年9月26日

更新日:2014年10月22日

いつも視覚情報を活用している見える人が、いきなり目をつぶった自分の状態から想像して「見えないと何もできない」という感情を持ってしまいがちなことや、
「見えないから○○できないですよね」と、「見えない・見えにくいという身体機能」と、「できない(障害となること・不便が生じていること)」をストレートにイコールですぐに結びつけられがちですが、

障害とはで説明したとおり
医学的に「見えない・見えにくい」という状態と、
結果的に障害(不便・困ること)が生じる
という間には「社会環境と大きく関わっていることを抜きにしていただきたくないのです。
この「社会環境との関わり」を押さえることが、極めて大きなポイントなのです。

見えない・見えにくい人にとっては「いかに視覚以外から必要な情報が得られるか」が
障害(不便・困ること)を大きくするのか最大限に小さくするのかに大きく関わっていると言えます。

見えないってどんなこと?」のページで触れたことを事例にして、もう少し書いてみることにします。

見えない・見えにくい人は、歩くことが不自由です(歩くことに障害があります)。
足が不自由な人も、「歩くこと」が不自由です(歩くことに障害があります)。

どちらも結果としては同じ「歩くことが不自由」という現象が起こります。

ここで注目してほしいのは「なぜ歩くことに不自由が生じているのか」という原因のところです。

→見えない・見えにくい人は足が不自由だから歩けないのではありません。

歩いていく先の情報を十分に得られないので、どちらの方向にどのくらい歩いたらいいのかがわからないので、自由に歩くことができないのです。

階段がある、道がカーブしている、自転車が放置されている、人が立ち止まっているなど、これらの情報は視覚にのみ発信されている情報であり、
「道が少し曲がっています、この先自転車が止めてあります」なんて音声情報などの視覚以外の情報としては何も発信されていない状態です。

街には視覚にのみ情報発信しているものがほとんどですので、見えない・見えにくい人は情報不足になり、歩行に障害(不便・困ること)が生じます。
逆に言えば歩行に必要な情報が得られれば、歩行という動作についての障害はなくなります。
その一例として、
見えない・見えにくい人も、自宅の中でしたらほとんど障害(不便・困ること)なく行動(歩行)していることをあげることができます。
これは自宅内がどのような間取りなのか、どのような家具の配置なのかといった情報が「
覚えている情報」として持っていることで障害(不便・困ること)が格段に軽減されているからなのです。

これは見えない・見えにくい人が特別な能力を身につけているということではありません。見える皆さんも「覚えている情報」はいつも無意識のうちに使っている情報です。
「トイレに行きたいな」と思って家の中を隅から隅まで「トイレはどこだったかなー」と見まわして探してトイレに行きますか? 自然とトイレの方向に歩いていくのではないでしょうか。「覚えている情報」を活用しているからですよね。

そして「たびたび行くところ」、例えば毎日通っている学校や会社、自宅の最寄り駅なども道順を覚えていますよね。毎日「さて、学校はどうやって行けばいいのだろう」と地図を調べたりはしませんよね。「覚えている情報」を活用して出かけますよね。

見えない・見えにくい人も同じです。
なので、その「覚えている情報」とその場の状況が一致していれば、かなり障害(不便・困ること)なくどんどん行動する、見えない・見えにくい人もかなりいます。

ここで大切になってくるのは「覚えている情報」と「その場その場の状況」とが「一致している」ということです。

 いつも利用していて様子がよくわかっている駅前の道。点字ブロックの上を歩いていくと改札口に着くはず。ところが今日はブロック上に車が止まっている。
いつもはそこには何もなく危険な因子もなく、安全に駅まで着けるという情報を持って歩いているところ、駐車車両があることで

○ぶつかるという危険(安全を阻害される)と、
○歩行動線の寸断(情報の寸断)
という2つのバリアが生じてしまい、結果そこには
「見えない・見えにくい人」に対して障害が生み出されてしまうということになります。

このように「覚えている情報」と違う状況になったときには、
「覚えている情報」で軽減されているはずの障害(不便・困ること)が新たなバリアによって障害の軽減につながらなくなってしまうのです。

駐車という他の人に配慮しない行動をしないことはもちろんのこと、
もしそのような状況の時に見えない・見えにくい人に「車が止まっています」と見えた情報を、聞こえる情報として提供してくれるという配慮をしてくれる人がいてくださると、障害は無くなっていきます。

見えない・見えにくい人が「歩くことに障害」があるのは情報不足によるものですが、「誘導」という形で情報提供してくださろうとする方の中には、「体全体を支えよう、持ち上げよう」として誘導をしてくださろうという方がいらっしゃいます。
これは見えない・見えにくい人が歩くことに障害があるのは「社会から歩いていく先が、どうなっているのかの十分な情報が得られないから、障害が生じている」ということが、なかなか多くの皆様にわかっていただけていないのが原因なのだと思います。
 きっと「歩くことに障害がある」=「足が不自由なのと同じ」のように誤解されているのかなと思います。

抱きかかえられることで足元が不安定になり、白杖を持っている腕を掴まれてしまうことにより、白杖からの情報も入らなくなるということが起こり、そこにかえって新たな障害が生み出されてしまいます。

どのようなことが原因で、障害が生じているのかを理解いただくことで、配慮する方も受ける方も、「楽」になるのだと思います。

「白杖を持った女性を誘導するにこやかな表情のヘルパー」と「白杖を持った女性の腕を持ち上げるようにして抱え込んでいる男性」のイラスト

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